2021年6月10日付で開示された株式会社東芝による調査報告書が話題になっている。報告書の内容は、定時株主総会における株主の議決権行使に関して、東芝が経産省を通じて一部の株主に議決権の行使方法について不当な働きかけをしたことを認定するものだ。これはこれまでの実務感覚からはかなり踏み込んだ内容であり、この報告書が、本件の直接の関係者のみならず、多くの業界関係者にも衝撃を与えていることは想像に難くない。
なお、今回の報告書の調査担当者や東芝の株主による株主提案において社外取締役候補者とされた者の一部には私の知人が含まれているが、本件に関して私はこれらの者と一切のコミュニケーションを取っていないし、もちろん私自身も本件には一切関与していないことをまずお断りしておく。
本件の主要な事実経緯は、概要、以下のとおりである。
1.2020年4月、東芝の株主であるエフィッシモ・キャピタル・マネジメント(ECM)から、ECM推薦の候補者を社外取締役として選任する旨の株主提案がなされる。
2.上記の株主提案に対し、東芝は会社提案の取締役選任案を上呈するとともに、株主提案に対して反対の意見を表明する。
3.同年7月に開催された東芝の定時株主総会において、株主提案された社外取締役候補者は全て否決され、会社提案の候補者が全て可決される。
4.同年秋頃、東芝が一部の株主に対して議決権の行使方法について一定の働きかけを行っていたことを内容とする報道が一部メディアからなされる。
5.上記を受け、ECMが東芝に対して定時株主総会の運営の公正性について調査する第三者委員会の設置を求めるも、東芝がこれに応じなかったため、ECMが同年12月に臨時株主総会の招集を請求し、株式会社の業務及び財産の状況を調査する者(調査者)の選任議案を提案する。
6.2021年3月、上記調査者の選任が賛成多数により可決される。
報告書は、結論として、上記の1.から3.の過程において、ECMの株主提案を撤回させる、またそれがかなわないとしても株主提案を否決させるために、東芝が経産省に相談するとともに、東芝や経産省の担当者が(改正外為法の要請に従っていることをその大義名分として)一部の株主に対して様々な働きかけを行ったと認定している。報告書は100ページ以上に及ぶ大部のものであり、ここではその詳細には触れられないが、それが真実であるとにわかには信じがたい多くの生々しい事実に言及しているため、興味のある方はぜひご一読されたい。
私も会社と株主の間に一定の緊張関係が存在する事案において、株主提案を受ける会社側も、株主提案を行う株主側も、ともに受任した経験が多くあるが、これまでの一般論としては、株主提案を行う株主が望む結果となることは少なかったと言わざるを得ない。そしてその理由の大部分は、株主提案の内容が会社の利益に沿ったものであるかという本質的な問題の議論というよりは、「物を言う株主」という行儀の悪さのイメージが先行することにあったと思われる。そのような感覚からすれば、昨今の多くの敵対的買収の成功事例や株主提案の可決事案の存在は、これまでの実務がグローバルな時代の要請に基づいて大きく地殻変動しつつあることを感じさせる。
また報告書は、監査委員会のメンバーを務めるとある社外取締役の言動についてもその詳細を掘り起こし、そのような言動の根底にある考え方にあたかも本件の根本の原因があったかのような言及もしている。ここまで踏み込んだ記載をすることは調査者としては大きな決断であったと推測する。またもしかすると、上記のような働きかけがなかったとしても株主提案の各候補者は賛成可決されるに足る得票数に達していたわけではないことや、すでに株主総会決議取消しの訴えの提訴期間を経過していることも、このような英断を後押ししたのかもしれないが、いずれにしてもこの報告書が今後のコーポレートガバナンスの実務のあり方に与える影響は決して小さくないはずだ。
なお、この報告書に記載された内容がその通りであったとしても、2020年7月の株主総会の決議の結果が覆るわけではないし、株主総会の決議の取消しを求めることができるわけでもない。とするとECMの狙いは何なのかということになるが、このようなことかもしれない。上記の経緯3.で株主提案が否決された理由の一つとして、ISSなどのいわゆる議決権行使助言会社が株主提案に対して反対推奨を行ったことがあったと思われる。これに対し、その後の経緯5.及び6.の調査者選任に関する株主提案においては上記の議決権行使助言会社は賛成推奨を行っており、実際にもこの株主提案は賛成可決されている。とすれば、今回の報告書が公表されたことにより、東芝のガバナンスに対する世界からの視線は一層厳しくなり、議決権行使助言会社の推奨方針や株主の議決権行使の態様に大きな変化があるかもしれない。となると、次の株主提案においては2020年7月の定時株主総会のようにはいかなくなる可能性が高い。また、そもそもすでに上呈されている本年6月の定時総会の議案にも影響が及ぶかもしれない。
ESG投資という言葉に代表されるように、昨今の資本市場における株主の目はG(ガバナンス)に強く向けられている。この報告書を受けて、ECMを含む東芝の株主はどのような動きに出るのか、そして東芝は自社のガバナンスをどう再構築してくるのか。今後も東芝を巡る動向から目が離せない。