昨年末から報道されていたスマホ不正疑惑に端を発する第29期竜王戦七番勝負の挑戦者変更騒動に関し、年明けになって第三者委員会の調査報告書(概要版)が開示され、それに引き続いて昨日、事実上この問題の責任を取る形で、日本将棋連盟の谷川浩司会長の辞任が発表された。
調査報告書の内容の詳細については日本将棋連盟のウェブサイトをご確認いただければと思うが、その概要は以下のとおりとなる。
(調査対象)
・ 竜王戦トーナメントの対久保九段戦、竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局と第3局の対丸山九段戦、A級順位戦の対渡辺竜王戦の合計4対局
(調査の方法)
・ 三浦九段から提出のあった自分及び家族が契約名義となっているスマートフォン・パソコン等の電子機器の解析
・ 三浦九段を含む日本将棋連盟所属のプロ棋士へのヒアリング
・ 三浦九段及びその他の棋士の棋譜とコンピュータの指し手の一致率の分析
・ 録画保存されていた対局映像の分析
・ 上記4対局における具体的な指し手に関する専門的な見地からの分析
(調査の結果)
・ 上記のスマートフォン・パソコン等から、不正の痕跡は確認されなかった。
・ コンピュータの指し手との一致率は同一条件における分析であってもかなりばらつきがあり、不正行為の調査の根拠として用いることがそもそも困難である。また三浦九段以外にも、コンピュータの指し手との一致率が三浦九段と同程度に高い棋士が一定数存在した。
・ 録画保存されていた対局映像の分析からは、三浦九段が不正行為に及んだことをうかがわせる痕跡は確認されなかった。また疑惑の発端とされる久保九段戦において久保棋士が主張した三浦九段の約30分間の離席は、そもそも存在しなかった(但し、その三浦九段の約43分の考慮時間の最中に、合計約14分間の3回に分けた離席は確認された)。
・ 調査対象となった4対局において疑惑の対象となった個別の指し手について、三浦九段レベルの棋士であれば指すことができない手ではないというのがヒアリングの対象となった棋士の大多数の見解であった。また全体として4対局での悪手が少ないという指摘についても、当該対局において人間が指せないような不自然な指し手はないというのが大多数の棋士の見解であった。
・ その他、上記の4対局における感想戦における三浦九段の発言内容についても、違和感がある指し手であるとの見解と、プロ棋士として考える読み筋であるとの見解に分かれる指し手もあるが、全体としては人間が指せないような不自然な指し手はないというのが棋士の多数の見解であった。
(結論)
・ 以上から、三浦九段が上記4対局において不正行為に及んだことの根拠は認められない。
・ 但し、竜王戦七番勝負を目前に控え時間的に余裕がなく、本格的な調査を行ってから結論を出すことはできない緊急性の高い状況であったこと、三浦九段へのヒアリングなどを通じてもなお疑惑が払拭できなかったこと、すでにスポンサーへの調整などを済ませており、三浦九段が一旦申し出た休場届を撤回した時点では後戻りができなくなっていたことなどから、三浦九段を2016年12月31日まで出場停止処分とした措置は相当であった。
前回のエントリでは処分の時点で日本将棋連盟が不正の証拠をつかんでいる可能性を示唆したが、そうではなかったようである。そして実際にも、第三者委員会の調査では、三浦九段が不正行為を行ったことを示す証拠は確認されなかった。卑近な例えであるが、分かりやすく言うならば、本件は目撃者の言い分だけを鵜呑みにして教師が特定の学生をカンニングしたと決めつけて停学処分にしたような場合と似ている。
第三者委員会は日本将棋連盟の一連の対応と判断にも一定の理解を示し、当時の緊急性と必要性に鑑みて出場停止処分そのものは相当であるとの判断をしたが、これは本件の解決として結論を無難なところに落とし込んだという印象がなくもない。実際にも第三者委員会は出場停止処分を妥当としつつ、三浦九段の正当な処遇と将棋界の正常化を要望している。上記の例の場合に、停学処分を受けた学生への何らかの手当てが必要となることは、論を俟たない。
今から振り返ればどんなことでも言えてしまうが、どんなに切羽詰まった状況であったとしても、対局が録画されていたのであれば最低限度そのテープを確認する程度のことはできた可能性はあったし、そうしていれば客観的に疑惑自体が疑わしいということで、とりあえずは電子機器の持ち込みなどを禁止し行動も厳重に監視するという体制を敷いた上で、三浦九段を挑戦者としたまま竜王戦七番勝負を実施することもできたかもしれない。少なくともすぐに外部の法律専門家などに相談をしていれば、上記のようなアドバイスの元に現状よりは全ての関係者の傷が浅く、より納得しやすい結果となっていた可能性は高いのではないだろうか。主観や思い込みなど感情的な部分が先行しやすい当事者や内部者ではない外部の人間によるチェックを受けることの本質的意義はまさにそこにあるのであり、そのような意味で、プロ棋士のみで理事を構成するという現在の日本将棋連盟のガバナンスと有事におけるリスクマネジメントのあり方は、今後しっかりと改善されなければならないし、日本将棋連盟はそれができる方々の集まりであると私は信じている。
また先ほどのカンニングの例を持ち出すまでもなく、第三者委員会の調査結果が上記のとおりとなった以上、三浦九段に対する最大限の補償がなされなければならない。これは支払われるはずであった対局料などの経済的なもののみならず、深く傷つけられた名誉や精神的な負担への慰謝も当然に含むものでなければならない。個人的には、スポンサーの関係やスケジュールとの関係で不可能なことは承知の上であるが、渡辺竜王が今回の防衛により得た賞金などを自ら提供して竜王戦七番勝負リベンジマッチを行うことが、コンピュータには思いつかない、人間の英知のみが指せる起死回生の妙手ではないかと考えている。すでに水面下では代理人間などで様々な交渉が進んでいるものと推測されるが、いずれにせよ、この点についても続報を待ちたい。