Column コラム

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すでに数日が経過してしまったが、この4月から独立して5年目に突入することとなった。ここまで大過なく弁護士業務を遂行することができたのは、言うまでもなくクライアントを含めた多くの方々の支えと励ましがあってのことであり、月並みであるが、そのような皆様全てに対し深く御礼を申し上げたい。

最近読んだ本で、会社は生きていなければその存在意義がない、生きているためには常に新陳代謝を続けていなければならない、という趣旨を述べるものがあったが、しがない個人事務所に過ぎない弊所であっても、4年間という月日を経たことで、まさに安住を求める気持ちや慢心が出てきていると自覚している。これからも皆様の叱咤激励を受けながら新たな分野への挑戦と創造を続けていくつもりなので、引き続き変わらぬご支援をお願いする次第である。

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お盆で少し気持ちに余裕ができたので、久々に何か書いてみようと思い立ったが、今日書くとしたら、やはりこのテーマしかない。松山英樹選手が惜敗した4大メジャーの一つでもある全米プロゴルフ選手権について、である。

今年の舞台となったQuail Hollowは、私が留学していたロースクールから車で2時間ほどのところにあり、Wachovia Championship(現Wells Fargo Championship)という米ツアーの試合を観戦しに行ったことがある(念のためですが、春休み期間中です。)ゴルフコースでもあったので、今回のメジャーは当時のことを懐かしみながら特に思い入れを強くして観戦していた。

とにかく雄大で美しく、それでいながら距離が長くフェアウェイがうねっていてハザードが厳しいタフなコースという記憶である。私が観に行ったのは田中秀道選手が米ツアーに挑戦していた時期で、その試合でも地元の英雄であるDavis Love Ⅲら大柄な選手の中で孤軍奮闘していた。お世辞にも体が大きいとは言えない田中選手はやはり飛距離で劣り、常にセカンドオナーを打たされていた。そんな中、500ヤード近い最終9番ホール(インスタート)パー4で残り200ヤード以上のセカンドショット(もちろん同組の中で最初に、しかも他の選手がミドルアイアン以下のところを、ロングアイアンかユーティリティを打たされている)を見事に2メートル近くに乗せてその日初めてのバーディを取った田中選手に「ナイスバーディ!」と声援を送ったら、キャディがスタスタと近寄ってきて、「Thank you for walking with us today.」とサイン入りボールを手渡してくれたことは、今でも忘れることができない思い出である。が、それは同時に、体格で劣る日本人選手がこのフィールドで欧米人と互角に戦っていくには毎回目一杯のスーパーショットを要求されること、そしてそのことがどれだけ肉体的にも精神的にも負担となるであろうことなのかを、思い知らされた瞬間でもあった。

これまでも多くの日本人選手がゴルフの4大メジャーに挑戦しては、試合開始前は「●●選手、念願の日本人初メジャー制覇へ向けて万全の調整!『自分の力がどこまで通用するか試してきたい』」、予選ラウンド後は「●●選手、上位進出目指す!『何とか予選を通過できたので、あとは少しでも上を目指して攻めるだけ』」、最終日後は「●●選手、大健闘のファイナルラウンド!『多くの課題が見つかった。日本に帰ってまた頑張りたい』」などというテンプレートのようなメディア報道を毎回繰り返し見せられてきた。しかし、松山選手に関しては、そして本当に今回に関しては、これまでの繰り返しが当てはまらないのではないか、と多くの日本人が期待したに違いない。欧米人に見劣りしない鍛え抜かれた体軀から繰り出される正確無比なショットは、明らかにこれまでの日本人選手とは別格の世界水準のものであり、パッティングと少しだけの幸運があれば、日本人初のメジャー制覇も本当に夢ではないところまで来ていたように思われた。

しかし、その夢は今回も無残に打ち砕かれてしまった。木に当てながらボールが戻ってきたり、待っていたら止まっていたカップ縁のボールがコロリとカップインしたりと、優勝したJustin Thomasに運があったという意見もあるようだが、松山選手自身が11番と16番のパッティングで自らに幸運をたぐり寄せられず、そしてそのことがJustin Thomasに17番のスーパーショットを打つ余裕を与えてしまったのが敗因だと考えるのが妥当だろう。その意味では、単なる運ではなく技術不足の部分があったとも言えそうである。幸運の女神は技術のある選手にしか振り向かない。

私は松山選手ではないが、今回の結果は自分のことのように本当に悔しい。でも考え直してみれば、これまでの日本人選手であれば5位という結果なら大喜びでその活躍を賞賛したはずであった。それが、5位ではガックリ、いや優勝以外はどれでも同じ、と皆に思わせるレベルまで来ているのである。しかも敗因は、運だとか流れだといった抽象的なものではない大事なところでのパッティングだと明確に分かっているのだから、まだまだ希望はある。このフィールドの中でこのコースと闘うことがどれだけ大変なことなのかを素人なりに垣間見た私にとっては、それだけでも驚愕の事実である。Justin Thomasだって、常に比較の対象となる幼なじみのJordan Spiethが先にメジャーを3勝するなど、これまで辛酸を舐めてきたであろう。少なくとも体格や飛距離で劣ることなく、世界と対等に戦える数少ない日本人である松山選手が、今回の敗戦を糧に欠けているピースを見つけ、勝負どころのパッティングを決めまくりメジャーを制覇する時はそう遠くないはずだ。その期待を一身に受ける松山選手には過度のプレッシャーを掛けて本当に申し訳ないが、とにかく今の自分には、そう言い聞かせないと明日以降仕事に向かう気力が到底湧かないのである。

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昨年末から報道されていたスマホ不正疑惑に端を発する第29期竜王戦七番勝負の挑戦者変更騒動に関し、年明けになって第三者委員会の調査報告書(概要版)が開示され、それに引き続いて昨日、事実上この問題の責任を取る形で、日本将棋連盟の谷川浩司会長の辞任が発表された。

調査報告書の内容の詳細については日本将棋連盟のウェブサイトをご確認いただければと思うが、その概要は以下のとおりとなる。

(調査対象)
・ 竜王戦トーナメントの対久保九段戦、竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局と第3局の対丸山九段戦、A級順位戦の対渡辺竜王戦の合計4対局

(調査の方法)
・ 三浦九段から提出のあった自分及び家族が契約名義となっているスマートフォン・パソコン等の電子機器の解析
・ 三浦九段を含む日本将棋連盟所属のプロ棋士へのヒアリング
・ 三浦九段及びその他の棋士の棋譜とコンピュータの指し手の一致率の分析
・ 録画保存されていた対局映像の分析
・ 上記4対局における具体的な指し手に関する専門的な見地からの分析

(調査の結果)
・ 上記のスマートフォン・パソコン等から、不正の痕跡は確認されなかった。
・ コンピュータの指し手との一致率は同一条件における分析であってもかなりばらつきがあり、不正行為の調査の根拠として用いることがそもそも困難である。また三浦九段以外にも、コンピュータの指し手との一致率が三浦九段と同程度に高い棋士が一定数存在した。
・ 録画保存されていた対局映像の分析からは、三浦九段が不正行為に及んだことをうかがわせる痕跡は確認されなかった。また疑惑の発端とされる久保九段戦において久保棋士が主張した三浦九段の約30分間の離席は、そもそも存在しなかった(但し、その三浦九段の約43分の考慮時間の最中に、合計約14分間の3回に分けた離席は確認された)。
・ 調査対象となった4対局において疑惑の対象となった個別の指し手について、三浦九段レベルの棋士であれば指すことができない手ではないというのがヒアリングの対象となった棋士の大多数の見解であった。また全体として4対局での悪手が少ないという指摘についても、当該対局において人間が指せないような不自然な指し手はないというのが大多数の棋士の見解であった。
・ その他、上記の4対局における感想戦における三浦九段の発言内容についても、違和感がある指し手であるとの見解と、プロ棋士として考える読み筋であるとの見解に分かれる指し手もあるが、全体としては人間が指せないような不自然な指し手はないというのが棋士の多数の見解であった。

(結論)
・ 以上から、三浦九段が上記4対局において不正行為に及んだことの根拠は認められない。
・ 但し、竜王戦七番勝負を目前に控え時間的に余裕がなく、本格的な調査を行ってから結論を出すことはできない緊急性の高い状況であったこと、三浦九段へのヒアリングなどを通じてもなお疑惑が払拭できなかったこと、すでにスポンサーへの調整などを済ませており、三浦九段が一旦申し出た休場届を撤回した時点では後戻りができなくなっていたことなどから、三浦九段を2016年12月31日まで出場停止処分とした措置は相当であった。

前回のエントリでは処分の時点で日本将棋連盟が不正の証拠をつかんでいる可能性を示唆したが、そうではなかったようである。そして実際にも、第三者委員会の調査では、三浦九段が不正行為を行ったことを示す証拠は確認されなかった。卑近な例えであるが、分かりやすく言うならば、本件は目撃者の言い分だけを鵜呑みにして教師が特定の学生をカンニングしたと決めつけて停学処分にしたような場合と似ている。

第三者委員会は日本将棋連盟の一連の対応と判断にも一定の理解を示し、当時の緊急性と必要性に鑑みて出場停止処分そのものは相当であるとの判断をしたが、これは本件の解決として結論を無難なところに落とし込んだという印象がなくもない。実際にも第三者委員会は出場停止処分を妥当としつつ、三浦九段の正当な処遇と将棋界の正常化を要望している。上記の例の場合に、停学処分を受けた学生への何らかの手当てが必要となることは、論を俟たない。

今から振り返ればどんなことでも言えてしまうが、どんなに切羽詰まった状況であったとしても、対局が録画されていたのであれば最低限度そのテープを確認する程度のことはできた可能性はあったし、そうしていれば客観的に疑惑自体が疑わしいということで、とりあえずは電子機器の持ち込みなどを禁止し行動も厳重に監視するという体制を敷いた上で、三浦九段を挑戦者としたまま竜王戦七番勝負を実施することもできたかもしれない。少なくともすぐに外部の法律専門家などに相談をしていれば、上記のようなアドバイスの元に現状よりは全ての関係者の傷が浅く、より納得しやすい結果となっていた可能性は高いのではないだろうか。主観や思い込みなど感情的な部分が先行しやすい当事者や内部者ではない外部の人間によるチェックを受けることの本質的意義はまさにそこにあるのであり、そのような意味で、プロ棋士のみで理事を構成するという現在の日本将棋連盟のガバナンスと有事におけるリスクマネジメントのあり方は、今後しっかりと改善されなければならないし、日本将棋連盟はそれができる方々の集まりであると私は信じている。

また先ほどのカンニングの例を持ち出すまでもなく、第三者委員会の調査結果が上記のとおりとなった以上、三浦九段に対する最大限の補償がなされなければならない。これは支払われるはずであった対局料などの経済的なもののみならず、深く傷つけられた名誉や精神的な負担への慰謝も当然に含むものでなければならない。個人的には、スポンサーの関係やスケジュールとの関係で不可能なことは承知の上であるが、渡辺竜王が今回の防衛により得た賞金などを自ら提供して竜王戦七番勝負リベンジマッチを行うことが、コンピュータには思いつかない、人間の英知のみが指せる起死回生の妙手ではないかと考えている。すでに水面下では代理人間などで様々な交渉が進んでいるものと推測されるが、いずれにせよ、この点についても続報を待ちたい。

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第29期の七番勝負を明日に控えた将棋の七大タイトル戦の一つである竜王戦で、挑戦者に決定していた三浦弘行九段が今年の年末まで出場停止になり、繰り上がりで丸山忠久九段が挑戦者となったというのは将棋ファンにとっては衝撃のニュースであった。

日本将棋連盟のウェブサイトでは三浦九段の出場停止と丸山九段の繰り上がり挑戦しか説明されていなかったが、その後の報道などで、三浦九段に以前から対局中にスマホなどで将棋ソフトを使用した不正の疑いがあったこと、その調査のために三浦九段をヒアリングしたが明確な回答が得られず、逆に疑惑をかけられたままでは対局を続けられないことを理由として三浦九段が自ら休場を申し出たこと、しかしながら期限までに三浦九段から休場届が提出されなかったために連盟側から出場停止処分を科したこと、そして連盟として今後これ以上は調査を行うつもりがないこと、などの事実が明らかになった。

たびたびニュースにもなっていたが、将棋ソフトの実力は近年飛躍的に向上しており、もはや人間では勝ち目がないのではないかという声も上がっていたし、研究のためにソフトを使用していることを公言して憚らない棋士も多くいるような状況であったので、遅かれ早かれこのような問題は起こりえたのかもしれない。

そもそもソフトと人間の実力を比較することがナンセンスであることや、仮に現在において人類最強である羽生善治三冠がソフトに敗れるようなことがあったとしても個人的にはそのことに特に大きな意義はないと考えている、というようなことを書き出すと止まらなくなるのでその点には深入りせず、ここから先は今回の問題について私の推測を含んだ分析と個人的な感想を述べたい。

連盟が除名又は永久追放などの処分を科していないということは、公式には三浦九段が不正を行ったという明確な証拠はないとされていることになる。ただここが難しいところで、仮に明確な証拠があったとしても、順位戦でA級に所属しタイトル経験もあるトップ棋士に不正があったことを公にすることは、三浦九段個人のキャリアにはもちろんのこと、連盟にも、そしてひいては今後の将棋界の発展にも大打撃を与えることになり得る。とすれば、もし不正の明確な証拠が確認できたとしても、連盟としてはそれを公にするという対応を採らない可能性もないとは言えない。これは、不正の事実の有無がはっきりしないということになっているにもかかわらず、連盟が今後の調査を行わないとしていることから全くあり得ない話ではないかもしれない。こう考えてみると、本人の自主的な対応を待っていたがそれがないために連盟の方から処分をしたという落としどころも、竜王戦という大きな舞台を前にしてみれば頷けるところがある。竜王戦は数ある棋戦の中でも最高の賞金額を誇る棋戦であり、スポンサーも超大手企業であるが、もし三浦九段が竜王位を獲得してしまったりすれば、不正を行った棋士によるタイトル獲得という前代未聞の事態になってしまい、事前の挑戦者変更どころの騒ぎではない。不正の可能性を考えると、竜王戦が二日制で持ち時間が長いことも判断の要素として考慮しなければならない。連盟としては、このような形でスポンサーに迷惑を掛けるわけにはいかず、不正があったということを明らかにせずに三浦九段が竜王戦に挑戦しないようにする、という状況に何とかして持って行く必要があったことになる。

また、本当に不正の事実がはっきりしていない場合には、いくら自主的に休場届が提出されていないとはいえ、タイトル戦の挑戦権剥奪と事実上の順位戦A級からの降格という効果を伴う今年の年末までの出場停止という処分は重きに過ぎる印象がある。三浦九段は今後の対応についてすでに弁護士に相談をしているとのことなので、今後は法廷闘争に移っていく可能性が高いことになるが、その場合の論点は、自ら休場届を提出しないことを理由として連盟側から出場停止処分を課すことができるか、できるとしてその内容は妥当なものか、といったあたりになろう。ただ、この場合も法廷闘争の矢面に立つのは連盟であり、かつグレーな状況において三浦九段が挑戦するという事態は回避することができ、いずれにしてもスポンサーには直接の迷惑が掛からないことから、そのような形で連盟がスポンサーを守ったという評価をすることもできるかもしれない。このあたりは今後の動向を見守るしかないところである。

それはともかく、羽生三冠の永世竜王獲得の可能性が早々に消え、正直に言ってやや地味なカードであるとの印象が否めなかった今期の竜王戦七番勝負が、このような形でスポットライトを浴びることになってしまったのは、いちファンとして残念無念との思いしかない。私は三浦九段が潔白であることを信じているが、疑いを持たれるような行動があったところに全く落ち度がなかったとは言いがたい点もある。李下に冠を正さずと言うように、他の棋士もそのようなことが疑われるような所作は謹んで欲しい。そして最後となるが、三浦九段の名誉のためにも、三浦九段が公開対局で行われる将棋日本シリーズの前期優勝者であり、その一方で持ち時間が長く離席のチャンスも多くあるとみられる今期の順位戦では1勝3敗という成績であることをここに記しておく。そして渡辺竜王と丸山九段には、このようなゴタゴタを忘れさせてくれる名勝負を期待したい。

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英国が国民投票によりEU離脱(Brexit)となったことには驚かされた。すでに色々なところで書かれているとおり、この問題の根底には富裕層vs労働者層、大都市vs地方、高齢者層vs若年層という対立軸があるとみて良いと思うが、個人的に着目したいのは、大衆は頭(論理)でなく腹(感情)でモノを考える、という文脈での解釈である。

英国のキャメロン首相が国民投票の実施を決定したことは世紀の愚策となったとの報道があったが、その経歴を見れば分かるとおり、彼はいわゆるエリートである。このようなエリートは、えてして論理的(logical)であることを重視し、かつそこに頼りすぎることが多い。キャメロン首相に見誤りがあったとすれば、そうは言ってもlogicalに説明し議論をすれば皆を説得できる、皆に納得してもらえると、その威力を過信しすぎた点であろうか。様々な論法で、「適切ではなかったが違法ではない」ということを論じて都民に納得してもらおうとして玉砕した、舛添前都知事の姿とダブるところがある。しかし、大衆が求めていたのはそのようなlogicalな説明や議論ではなかった。どちらにも共通しているのは、説得に失敗した者の経歴がエリート中のエリートと言えることである。

私が思い出すのは、弁護士になって数年目のある案件での出来事である。当時の上司と一緒に、とある地方公共団体との契約交渉を行っていたのであるが、紆余曲折の末、ようやくその地方公共団体の長に選択肢AとBのどちらかを最終決定してもらうという段階まで辿り着いた。選択肢Aが、我々にとっても、そして(我々の考えでは)地方公共団体にとっても合理的かつ最善の方策であり、選択肢Bは(我々の考えでは)従前の古い慣習に沿うだけで何ら進歩のない、全当事者にとってメリットのない選択であった。私の上司は論理的に緻密で非の打ち所のない見事なプレゼンテーションを行い、選択肢Aがその地方公共団体にとっていかにプラスとなるかを訴えた。プレゼンテーションが終わり、私の上司は勝利を確信して自信満々であったが、私はプレゼンテーションを聞いているその長の表情に、何となく違和感を覚えていた。そして案の定、数週間後に連絡があった結論は選択肢Bであり、かつその判断には何らの理由も示されてはいなかった。

職業柄、私は、logical(論理的)であり、reasonable(合理的)であり、fair(公平)であることを最も重視して、日々の職務にあたっている。法律が説得のための一手段である以上、その考え方が間違っているとは今でも思わない。しかしこのBrexitの結果を踏まえて思うに至ったのは、何がlogicalであるか、そして何をlogicalなものとして受け入れるのかは受け手によって変わりうるということである。上記のように、地方公共団体の長を相手にした場合であってもlogicalな議論によりreasonableでfairな結論を導くことには困難を伴うことがあり得るし、ましてや全国民を相手にする場合はなおさらであるが、それすらある一定の思考経路をlogicalであると考えているこちら側からの一面的な見方であって、相手方は自分の判断がそもそもlogicalではないとすら考えていないということかもしれない。

このことは、民主党の政権奪取や大阪都構想の際の国民の意思決定からもうかがい知れるし、もしかすると来たる米大統領選においてもあっと驚くことに繋がるということになるのだろうか(個人的には、Brexitを英国民の多くが後悔しているという直近の報道が、米大統領選にポジティブな影響となってくれることを期待しているが)。

そしてさらには、私が依って立っているlogicalとはそもそも何ぞや?ということにもなってくる。それに対する解は、残念ながら今のところまだ見付かっていない。

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