Column コラム

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第29期の七番勝負を明日に控えた将棋の七大タイトル戦の一つである竜王戦で、挑戦者に決定していた三浦弘行九段が今年の年末まで出場停止になり、繰り上がりで丸山忠久九段が挑戦者となったというのは将棋ファンにとっては衝撃のニュースであった。

日本将棋連盟のウェブサイトでは三浦九段の出場停止と丸山九段の繰り上がり挑戦しか説明されていなかったが、その後の報道などで、三浦九段に以前から対局中にスマホなどで将棋ソフトを使用した不正の疑いがあったこと、その調査のために三浦九段をヒアリングしたが明確な回答が得られず、逆に疑惑をかけられたままでは対局を続けられないことを理由として三浦九段が自ら休場を申し出たこと、しかしながら期限までに三浦九段から休場届が提出されなかったために連盟側から出場停止処分を科したこと、そして連盟として今後これ以上は調査を行うつもりがないこと、などの事実が明らかになった。

たびたびニュースにもなっていたが、将棋ソフトの実力は近年飛躍的に向上しており、もはや人間では勝ち目がないのではないかという声も上がっていたし、研究のためにソフトを使用していることを公言して憚らない棋士も多くいるような状況であったので、遅かれ早かれこのような問題は起こりえたのかもしれない。

そもそもソフトと人間の実力を比較することがナンセンスであることや、仮に現在において人類最強である羽生善治三冠がソフトに敗れるようなことがあったとしても個人的にはそのことに特に大きな意義はないと考えている、というようなことを書き出すと止まらなくなるのでその点には深入りせず、ここから先は今回の問題について私の推測を含んだ分析と個人的な感想を述べたい。

連盟が除名又は永久追放などの処分を科していないということは、公式には三浦九段が不正を行ったという明確な証拠はないとされていることになる。ただここが難しいところで、仮に明確な証拠があったとしても、順位戦でA級に所属しタイトル経験もあるトップ棋士に不正があったことを公にすることは、三浦九段個人のキャリアにはもちろんのこと、連盟にも、そしてひいては今後の将棋界の発展にも大打撃を与えることになり得る。とすれば、もし不正の明確な証拠が確認できたとしても、連盟としてはそれを公にするという対応を採らない可能性もないとは言えない。これは、不正の事実の有無がはっきりしないということになっているにもかかわらず、連盟が今後の調査を行わないとしていることから全くあり得ない話ではないかもしれない。こう考えてみると、本人の自主的な対応を待っていたがそれがないために連盟の方から処分をしたという落としどころも、竜王戦という大きな舞台を前にしてみれば頷けるところがある。竜王戦は数ある棋戦の中でも最高の賞金額を誇る棋戦であり、スポンサーも超大手企業であるが、もし三浦九段が竜王位を獲得してしまったりすれば、不正を行った棋士によるタイトル獲得という前代未聞の事態になってしまい、事前の挑戦者変更どころの騒ぎではない。不正の可能性を考えると、竜王戦が二日制で持ち時間が長いことも判断の要素として考慮しなければならない。連盟としては、このような形でスポンサーに迷惑を掛けるわけにはいかず、不正があったということを明らかにせずに三浦九段が竜王戦に挑戦しないようにする、という状況に何とかして持って行く必要があったことになる。

また、本当に不正の事実がはっきりしていない場合には、いくら自主的に休場届が提出されていないとはいえ、タイトル戦の挑戦権剥奪と事実上の順位戦A級からの降格という効果を伴う今年の年末までの出場停止という処分は重きに過ぎる印象がある。三浦九段は今後の対応についてすでに弁護士に相談をしているとのことなので、今後は法廷闘争に移っていく可能性が高いことになるが、その場合の論点は、自ら休場届を提出しないことを理由として連盟側から出場停止処分を課すことができるか、できるとしてその内容は妥当なものか、といったあたりになろう。ただ、この場合も法廷闘争の矢面に立つのは連盟であり、かつグレーな状況において三浦九段が挑戦するという事態は回避することができ、いずれにしてもスポンサーには直接の迷惑が掛からないことから、そのような形で連盟がスポンサーを守ったという評価をすることもできるかもしれない。このあたりは今後の動向を見守るしかないところである。

それはともかく、羽生三冠の永世竜王獲得の可能性が早々に消え、正直に言ってやや地味なカードであるとの印象が否めなかった今期の竜王戦七番勝負が、このような形でスポットライトを浴びることになってしまったのは、いちファンとして残念無念との思いしかない。私は三浦九段が潔白であることを信じているが、疑いを持たれるような行動があったところに全く落ち度がなかったとは言いがたい点もある。李下に冠を正さずと言うように、他の棋士もそのようなことが疑われるような所作は謹んで欲しい。そして最後となるが、三浦九段の名誉のためにも、三浦九段が公開対局で行われる将棋日本シリーズの前期優勝者であり、その一方で持ち時間が長く離席のチャンスも多くあるとみられる今期の順位戦では1勝3敗という成績であることをここに記しておく。そして渡辺竜王と丸山九段には、このようなゴタゴタを忘れさせてくれる名勝負を期待したい。

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英国が国民投票によりEU離脱(Brexit)となったことには驚かされた。すでに色々なところで書かれているとおり、この問題の根底には富裕層vs労働者層、大都市vs地方、高齢者層vs若年層という対立軸があるとみて良いと思うが、個人的に着目したいのは、大衆は頭(論理)でなく腹(感情)でモノを考える、という文脈での解釈である。

英国のキャメロン首相が国民投票の実施を決定したことは世紀の愚策となったとの報道があったが、その経歴を見れば分かるとおり、彼はいわゆるエリートである。このようなエリートは、えてして論理的(logical)であることを重視し、かつそこに頼りすぎることが多い。キャメロン首相に見誤りがあったとすれば、そうは言ってもlogicalに説明し議論をすれば皆を説得できる、皆に納得してもらえると、その威力を過信しすぎた点であろうか。様々な論法で、「適切ではなかったが違法ではない」ということを論じて都民に納得してもらおうとして玉砕した、舛添前都知事の姿とダブるところがある。しかし、大衆が求めていたのはそのようなlogicalな説明や議論ではなかった。どちらにも共通しているのは、説得に失敗した者の経歴がエリート中のエリートと言えることである。

私が思い出すのは、弁護士になって数年目のある案件での出来事である。当時の上司と一緒に、とある地方公共団体との契約交渉を行っていたのであるが、紆余曲折の末、ようやくその地方公共団体の長に選択肢AとBのどちらかを最終決定してもらうという段階まで辿り着いた。選択肢Aが、我々にとっても、そして(我々の考えでは)地方公共団体にとっても合理的かつ最善の方策であり、選択肢Bは(我々の考えでは)従前の古い慣習に沿うだけで何ら進歩のない、全当事者にとってメリットのない選択であった。私の上司は論理的に緻密で非の打ち所のない見事なプレゼンテーションを行い、選択肢Aがその地方公共団体にとっていかにプラスとなるかを訴えた。プレゼンテーションが終わり、私の上司は勝利を確信して自信満々であったが、私はプレゼンテーションを聞いているその長の表情に、何となく違和感を覚えていた。そして案の定、数週間後に連絡があった結論は選択肢Bであり、かつその判断には何らの理由も示されてはいなかった。

職業柄、私は、logical(論理的)であり、reasonable(合理的)であり、fair(公平)であることを最も重視して、日々の職務にあたっている。法律が説得のための一手段である以上、その考え方が間違っているとは今でも思わない。しかしこのBrexitの結果を踏まえて思うに至ったのは、何がlogicalであるか、そして何をlogicalなものとして受け入れるのかは受け手によって変わりうるということである。上記のように、地方公共団体の長を相手にした場合であってもlogicalな議論によりreasonableでfairな結論を導くことには困難を伴うことがあり得るし、ましてや全国民を相手にする場合はなおさらであるが、それすらある一定の思考経路をlogicalであると考えているこちら側からの一面的な見方であって、相手方は自分の判断がそもそもlogicalではないとすら考えていないということかもしれない。

このことは、民主党の政権奪取や大阪都構想の際の国民の意思決定からもうかがい知れるし、もしかすると来たる米大統領選においてもあっと驚くことに繋がるということになるのだろうか(個人的には、Brexitを英国民の多くが後悔しているという直近の報道が、米大統領選にポジティブな影響となってくれることを期待しているが)。

そしてさらには、私が依って立っているlogicalとはそもそも何ぞや?ということにもなってくる。それに対する解は、残念ながら今のところまだ見付かっていない。

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久しぶりの更新となったが、やはりそのきっかけは思わず何か書きたくなるような興味深い案件のせいである。と言っても、芸能人の不倫疑惑やアイドルグループの解散騒ぎのことではない。料理レシピサイト運営最大手のクックパッドの経営権争いが、それである。

昨年の大塚家具のお家騒動の際にも少し書いたが、このような株主提案を引き金とするいわゆる経営権争い(今後プロキシー・ファイトに展開していくかはまだ不確定なところもあるため、ここではあえてこのような表現に留めておく)にそれなりに関与してきた者としては、この案件が年明けすぐに明らかになったこと、そして関係者の検討と協議が偶然にも私のオフィスが所在するビルの違う階でおそらく連日に亘って展開されているであろうことに、若干の興奮を禁じ得ない。少し残念なのは、株主側からも会社側からも私に対して本件に関する相談の依頼がなかったことだが(笑)、そのおかげでこのようなコラムが書けるということで強引に納得することにする。なお当然ながら、私が本件やそれに関わっている専門家らと一切の関係がないことは、念のために付言しておく(株主が提案する取締役候補者の中には、私の知人がたまたま数人その名を連ねているが、私自身は本件には全く関与していない)。

長くなるため事案の詳細についてはここでは立ち入らないが、公表されている事実や一部の報道によれば、経営権争いの主要な争点は、事業の多角化を進める現経営陣と本業に注力すべきという創業者の意見の相違のようであり、その対立は昨年末あたりから顕在化していたらしい。そしてクックパッドの過去の議決権行使比率は80パーセント台の半ばくらいということなので、今後この数字が多少動くことがあったとしても、株主総会における議決権の過半数を巡る争いに関しては、約44パーセントを保有している提案株主側に分があると言ってしまっても言い過ぎではなさそうだ。しかしながら、本件の公表後すぐからクックパッドの株価は下落を続ける一方であり、これを根拠に、提案株主以外の株主は現経営陣を支持しているという見方もできる(単に内輪揉めに嫌気が差しただけということもありそうだが)。また最新のプレスリリース(1月19日付)によれば、株主側と会社側の落としどころを巡っての協議は物別れに終わったようであるが、社外役員に著名な弁護士も擁するクックパッドが、このまま資本多数決の論理に容易に屈するとも思われない。果たして、創業者の熱い想いとそこから離れて優良大企業に独り立ちした会社の未来に、折り合うためのレシピはあるのか。

なお、昨年末にいきなり勃発し、いつのまにか和解で終了していたセーラー万年筆の社長解職騒動(代表取締役を解職された社長が、取締役として残ることで和解が成立)でも、その争点は、他の役員らから本業に注力するように再三要請されていたにもかかわらず、社長が講演活動などに時間を割き過ぎていたからなどと報道されていた。もちろん両社はその規模も歴史もそして業界も全く異なるが、こういった事案の本質はもしかしたら同じところにあるのかもしれない。

いずれにしても、今後の展開から目が離せない。通勤途中のエレベーターの中で、思わず聞き耳を立ててしまう日々が続きそうだ(笑)。

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前回のエントリーからだいぶ時間が経ってしまったが、その間にも様々な世の関心を集める話題や出来事があった。つい先日までは憲法改正の是非を絡めた安保法案に関する問題と新国立競技場の建築費の問題、そして今が旬と言えるのは、オリンピックのエンブレム関連の問題だろう。

エンブレム問題についてのこれまでの経緯の詳細は報道されているとおりであるが、この問題の難しいところは、どこまでが類似かそうでないか、どこまでが模倣や盗用か、ということの明確な判断基準や線引きが主観的で曖昧なところであろう。類似かそうでないかについて言えば、あのエンブレムをベルギーの例のものと似ていると思う人もいれば、そうでないと思う人もいるということである。そこに厳密な意味での正解はない。

そして模倣や盗用かは、さらに基準が難しい。これだけ情報が世に溢れている時代に、意識的にであれ無意識的にであれ、何らの先例も参考にしないということはありえないだろうし、逆に全ての先例を調査して模倣や盗用であると万人からクレームを受ける可能性を完全に排除するということも、また不可能に近いことだろうからである。

この問題については、いわゆるデザインの専門家から業界関係者としての意見も出されているようであり、大まかに言えばその趣旨は、デザイナーとして先例を参考とすることはどんな場合でも何らかの形で行われているものだとか、チームとして作業する場合には末端のスタッフの作業まで全て監視することはできない、といったことのようである。そして新国立競技場の問題についても、いわゆる設計の専門家から、単にあのデザインの外観や建築費の高騰だけを槍玉に挙げて批判するのは現実的ではなく、それまで長期間に亘って地道に積み上げてきた議論や検討の内容を考慮した上で現実的に採りうる最善の選択肢を選ぶべきであるとか、発注者側に要件とコストの両方を睨みながら適切に依頼するという視点が欠けていたといったようなコメントがなされているようである。

もとより私は、上記の問題で批判の対象となっている方々を擁護するつもりも、逆にこれ以上さらに批判に加勢するつもりも毛頭ないが、ここで出されている専門家としての視点については部分的に共感できるところがある。

「○○に関する契約書を、雛形的にチャチャっと作ってもらえませんか。」「この契約を検討して、ザッと問題点についてコメントをいただけませんか。」法律実務家であれば、一度や二度はこのような依頼を受けたことがあるのではないだろうか。全ての取引に通用する一般的かつ万能な契約書などはありえず、また個別具体的にその時に問題となっている取引や事案の背景を検討することなくこのような依頼を処理することは基本的にはできないのであるが、そのようなプロセスを経ることなくいきなり成果物に辿り着くことができると考えている依頼者は、思いのほか多いという印象がある。

我々を含めた職業専門家の多くが求められるのは最終的には何らかの成果物を完成させることではあるが、その完成そのものよりも、そこに辿り着くまでの検討のプロセスの方に圧倒的な時間と労力を掛けている(又は掛けなければならない)のが実際であろう。出来上がりはわずか数ページの契約書やメモであるとしても、その過程で検討された、又は検討されたが採用されなかった内容は、その何倍にも及ぶのが通常である。が、これらのことは我々法律家にとっては常識であっても、もしかするとなかなか理解してもらえないことなのかもしれない。

今はインターネットの発展もあり、そのようなプロセスを排除した外に見える物のみを対象として、不特定多数の人が、安全地帯から集中砲火のように批判することが可能となった時代である。そして場合によっては、マスコミもそれを煽るかのように分かりやすい部分だけを取り上げて報道する傾向があるようにも見受けられる。もはや、そのような時代であることを嘆いてもしょうがなく、むしろ、専門家にはそういった自らにとっては常識であることでも丁寧に説明して理解してもらうようにする努力が、自分も含めた一般人には専門家にしか分からない領域があるかもしれないことに思いを馳せることが、そしてマスコミにはそういったことをできる限り分かりやすく紐解いて報道する努力が、それぞれ求められる時代になったと理解するのが正しいのかもしれない。そういった様々な方向からの歩み寄りにより、これまでのようなことが今後は繰り返されなくなることを、切に願う今日この頃である。

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たまにはちゃんと業務に関係することも書いてみよう、などと柄にもなく思わされてしまったのが、最近色々と報道されている大塚家具のお家騒動である。いわゆる委任状勧誘(プロキシー・ファイト)事案にそれなりに関与してきた者としては、本件において報道されていない裏側で起こっていることを想像するだけでも興味は尽きない。このような事案では双方が入念なメディア対応を行っていることもあるので、もしかするとこの程度の趣味のエントリーでも、監視の目が入っているかもしれない(笑)。もちろん、私がこの案件やそれに関わっている専門家らと一切の関係がないことは、念のために付言しておく。

事案の詳細については当事者から公表されている内容や報道されているとおりであるのでここでは立ち入らないが、一般に議決権行使比率が70パーセント程度と言われていることからすれば、本件が世間の注目を浴びていることによりここから多少上がることがあったとしても、どちらがトータルで30パーセント後半台の株主からの支持を集めることができるかで勝負が決まるということになる。そして公表されている情報や報道の内容からすれば、会長サイドと、社長が管理する資産管理会社及び社長を支持しているらしいファンドの議決権の合計は、それぞれほとんど同じくらいのようなので、勝敗を決するのはその他の機関投資家の動向ということになる。現在、双方が各投資家を回って必死に説得にあたっているところであろう。

あくまで一般的に言えば、我が国において会社提案を覆す形での委任状勧誘が成功する可能性はそれほど高くないし、世代的に近いこともあり、報道されている内容だけに基づけば、私としては社長の言い分に肩入れしたくなるところもあるのだが、もちろんどのような結果になるのかは蓋を開けてみなければ分からない。社長が管理する資産管理会社の議決権行使の適法性について争いがあるとの報道もされているので、もしかすると株主総会での結果が出た後も、総会決議の瑕疵を争う展開が続いていくのかもしれない。いずれにしても、今後の展開から目が離せないところである。

ただその一方で、本日の一部報道によれば、大塚家具と同業のニトリの営業利益が28期連続で過去最高を更新したとのことである。今回の一連の騒動で大塚家具のブランドイメージが少なからず毀損した面があることは否定できず、委任状勧誘の結果がどちらに転ぼうとも、大塚家具には厳しい前途が待っていると言わざるを得ないと思われる。

なお、同じように経営者間の争いが報じられている雪国まいたけについても色々と面白い問題点はありそうなので、こちらについてもまた機会があれば何か書いてみたい。余談となるが、個人的には今後はもう家具は買う気にはなれないが、まいたけなら気にせず食べてしまいそうなのは、食べ物に罪はないからなのか・・・

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